[前編]から
シリーズも第5弾を迎えた。今回は中野の玄関口JR中野駅の飯塚駅長にご登場いただく。とても気さくなお人柄も手伝ってか、このインタビュー当初から話が弾んだ。神奈川県藤沢生まれで江ノ島周辺を遊び場として子ども時代を過ごした飯塚駅長は、30年前にJRに入社。以来、30年間の努力はまさに開かれた人生そのものであったのであろう。人怖じしない明るい性格からか駅社員の職場での対応も元気そのものである。今は亡き高倉健主演の『鉄道員(ぽっぽや)』は北の果ての小さな終着駅で、不器用なまでにまっすぐに、鉄道員としての誇りをもって生きてきた“佐藤乙松”を描いた浅田次郎原作の珠玉の映画であった。飯塚駅長はこのぽっぽやを地で行く人物だ。
飯塚 私は食いしん坊なものですから、お昼もあちこちに食べに出かけます。最近は南口の方によく足を向けていまして、五差路を越えた左側に「花は咲く」という讃岐うどん屋さんは好き。北口だと「陸蒸気」のランチが美味しいです。今日も行ってきました。
個人的にはそういうラフな格好で入れる美味しいお店がオススメです。それでいて、「花は咲く」はおもてなしが凄いです。駅も見習わないといけないと思います。「社員を何人か出張で行かせるか~」という話をしたこともあるくらい。(笑)
お客さんが何を求めているのか気にかけていて、昼間の忙しい時間帯で列もできるくらいでもひとりひとりの気持ちを考えて声をかけてくれます。そういうおもてなしの心は、素晴らしいじゃないですか。
市川 口にするのは簡単ですが、相手の立場に立つというのはなかなか難しいですね。やはり配慮が行き届いている店は何度も足を運びますね。そんな中野の街のことについて、もう少しお聞きしたいと思います。昨年ご就任されて、中野の地域の皆さんとのお付き合いが始まって、どのようにお感じになっていらっしゃいますか?
飯塚 僕は、これはいい面だと思っていますが、まさに”ゴチャゴチャ”で色んな匂いがしますね。そこが最大の魅力なのではないかと思います。サブカル的なものでは中野ブロードウェイさんがあり、緑がある大きなエリアもありますし、住みやすい街並みもあって、南側には街道があります。情緒的なものだけではなくて、街としての機能も様々なところがあって、ゴチャ混ぜ感が僕はすごく好きです。
市川 街の景観条例もあるわけじゃないですから、自然発生的にできた街です。明治22年に中野駅が開業して以来、その周辺に街ができあがっていきました。中野駅と地域の皆さんとの交流は、国鉄の時代からずっと続いています。そういった中野の人は「チャンプルー」、ゴチャ混ぜの文化の中で、南口の文化があり、北口でも5丁目と4丁目の街並みは対照的ですし、5丁目もひとつ裏に入れば高級住宅街です。
飯塚 昔から中野にいらっしゃる方々は良い意味での頑固さがあり「ならぬものはならぬ」みたいなところがありますね。その一方で、色々な環境変化に順応する柔軟さもあって、そういったものが混在した中で、たまにトラブルもあるのかもしれないですが、それ次に繋がるように皆さんが汗をかきながら、前に進む力があるんだなあと感じます。何かやると、何かしらの結果が出る。それは簡単ではないし、苦しみも経験してきている街の力だと思います。だいたいは諦めることが多い中で、ものを言う人たちが諦めない姿勢で少しずつやり始めるわけですよ。人の力を借りながらでもやっていこうと。
ごった混ぜの街で暮らし生計を立てる地域の人々は暖かい。時に新たな住民との間に柵を立ててしまうものの、理解できれば柵を取払い、従前以上の付き合いが始まるとても面白い特徴をもった人々が集まっている。それが、中野駅長から見た中野人、それも年配中野人の特質であった。
市川 「切磋琢磨する中で良いものを取り入れていく」、「決して他所から来た人を排除しない」、そういった良さがあると私も思います。それが自分の街ながらの自慢です。1つの例として、中野駅ビル建設の話をさせて下さい。
5,6年前、当時の副区長に呼ばれまして「市川さんどうしよう。周辺の商店街にどう説明をしようか?」と相談されました。駅ビルができる時には、どこでも駅周辺の商店街は反対運動を起こすものなので、中野はどうするのか決めなければ、と。それで、周辺商店街の主だった方に集まっていただきました。そうしたら、驚いたことに集まった方々の総意は共存共栄。「北口も南口も再開発をしているだから、その中に入ってもらおうじゃないか」という話になったのです。中野駅周辺の街づくりに駅ビルにも協力して欲しいから、その為には賛成と言わないとJRも協力してくれないだろうと言うのですね。
飯塚 それは、凄いですね。
市川 別件でJRの本社に伺った際、本題の話が終わった後で、担当の部長さんから「我が社が駅ビルを作るというと必ず反対運動になるのに、中野駅周辺の商店街は賛成だって本当ですか?」と尋ねられました。そえれで、改めて、中野の街の人たちは新しいものを受け入れる素地を持っているのだなと感じました。
同じようなことを駅長もお感じになっているのかもしれませんね。ですが、そういった中野の人たちはお人好しですから、弱点みたいなものもあるとも思います。駅長の視点から見て、中野の街の弱さについて気がついたことがあれば、お聞かせいただけないでしょうか?
飯塚 どこも共通なのかもしれませんけれども、街の核になられているのが60代の方が多くて、40代、30代の人たちが、まだ育っていないように感じます。商店街の会長の次に繋がる方は、40代は働き盛りとよく言いますけれど、良い意味でも悪い意味でも犠牲になりながら皆を取りまとめるような仕事を今50代がやっていらっしゃる。40代はまだ多くありません。これは中野だけではなく、様々な組織で同じことが言えます。昔に比べれば60代はまだまだ若いというのはもちろんそうですが、後世に繋いでいくという意味で、30代後半から40代の人材が手薄なのが、ウィークポイントかなと思います。
市川 どこの街でも同じ悩みを抱えていると思います。地域というものが高齢化している。中野は単身の方が多くて、移動人口も激しいですから、後世に繋げていくという視点が必要だと思います。逆に、年上の方が垣根を作ってしまうと困りますから、垣根を取っ払って風通しを良くしてもらわないといけませんね。
飯塚 そうですね。良い意味で頑固さは引き継いでもらって、悪い頑固は排除して。(笑)
後継者、特に働き盛りの30代~40代の活躍が足りないことは今、日本全国に共通する問題であり、それはここ中野も例外ではない。中野駅周辺は60歳以上の方々が元気であるが、そろそろ継承を真剣に考えなければいけない時期であろう。一方で、高齢の商店主が元気を失いつつある地域の問題点は、前回インタビューした藤原秋一さんが慧眼を示されているので参照されたい。
市川 今後の中野の街づくりも語っていただきましたが、オリンピックもいよいよ5年後に控えていますね。中野区も将来を見据えたグローバル戦略を検討しています。JR中野駅についてオリンピックを見据えて今後どうするか、お聞かせいただければありがたいのですが?
飯塚 競技場、会場では直接的には関係はないのですが、中野駅は山手線の円周を越えてすぐのところに位置しますから、ぜひ外国のお客様を中野にお連れしたいと考えています。一方で、街の方からも「オリンピックまでにこんなことやりたい!」という力強いご意見も伺っていますから、そのお手伝いもできればと思います。
来ていただくからには、玄関口として、海外からのお客様を迎えつつ、普段ご利用いただいているお客様が困らないようにしなければなりません。お国柄によって駅構内での動き方がまったく違います。例えば、中野駅は左側通行を掲げていますが、海外からのお客様の中にはまったく気にされない方もいます。ですから、ちゃんと交通整理できるように、人が人に対してご案内申し上げるということを手厚くする必要があります。
或いは、何ヶ国語必要なのかは分かりませんが、もっと海外の方が切符を買い易いようにリニューアルしていかなりません。同じように、今までは日本語、英語、韓国語、中国語の案内放送を行ってきましたが、それだけでは対応しきれないのなら、何ヶ国語必要なのか。そういったことを社を挙げて勉強中です。必要なところに必要なものを準備しながら、新宿駅で終わりではなくて、中野まで来ていただきたいですね。
市川 やっぱりここが中野の玄関口ですからね。ここから中野に来て、にここからお帰りになるわけです。どこかのお宅でも靴が乱れているお宅は家の中も乱雑になっているのと同じですから、中野駅に降り立ったら「お、中野は感じがいいな」と思われるような応対があると思います。大いにご尽力願います。
飯塚 その頃には、中央快速線でもグリーン車がスタートしています。中野駅のホームも2両分増やす計画で、その時にはホームの古い設備もリニューアルしていこうと考えています。
市川 ホームの延長工事はいつ頃でしょう?
飯塚 オリンピックまでにはグリーン車を走らせる計画を先だってプレス発表させていただきました。ホームの延長については、東側は難しいので西側に2両分つくる予定です。グリーン車は4,5号車で、ちょうど今の階段とエスカレーターの間あたりで非常に混雑するエリアです。中野から西の方面へグリーン車を利用される方は結構いらっしゃると思いますから、お待ちいただく場所を確保しなければなりません。ホーム上の古い事務室も小さなもの変更して、安全なエリアを増やすことも併せて計画していきたいですね。西口新設と併せてリニューアル改装も進めていきたいと思っています。
5年後に迎える東京オリンピック・パラリンピックは直接中野に関係することはないにしても、オリンピック目当てに東京を訪れた外国人観光客が中野の地を訪れることは必至。東京オリンピックに向けて、JR東日本は中央線通勤快速にグリーン車を導入するニュースがメディアでも紹介されている。具体的な対策を進めながらも、根底にある人間力を忘れないことが飯塚駅長の”らしさ”である。
ともかく、明るく声が大きく、人の話に耳を傾け、社員はもとより地域の人たちからも信頼の厚い飯塚駅長にエールを送りたい。映画鉄道員(ぽっぽや)で高倉健演じる“佐藤乙松”のように誇りを持って中野駅長の職務に精励されることを願って止まない。インタビュー最後に中野駅長の白い制服を快く貸して下さり、『5分間中野駅長?』を務めさせていただきながら飯塚駅長と記念の写真が撮らせていただいたことに心から感謝すると共に、生涯の宝物にしたい。