中野のキーマン100人に会う

安全保障より学校のトイレ?若者と政治を繋ぐ活動について聴く。【中野のキーマン100人に会う その13】原田謙介(NPO法人YouthCreate)

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前回から1年近く間が空いてしまいました。このブログの人気シリーズになっている【中野のキーマン100人に会う】、久々の記事にご登場いただくのは、新井を拠点に政治と若者をつなぐ活動をしているNPO法人Youth Createの代表理事である原田謙介さんです。18歳選挙権以来、注目が集まる若者の政治参加という分野で長く活動されている”若者”が中野にいるということで、どのような活動をされているかのか?また、その想いは?などのお話を伺いました。

市川 はじめまして、今日はよろしくお願いします。中野に住んで5年くらいとのことですが、原田さんは非常にユニークな活動をされています。改めてご説明いただいてもよろしいでしょうか?

原田 はい。僕はユースクリエイトというNPO法人を2012年末に立ち上げて、中野区新井に拠点を置いて活動しています。若者と政治を繋ぐことが活動のテーマです。中学校・高校で授業をさせて貰ったり、身近な政治の繋がりや選挙の体験、全国の色んな街に行って、若い世代と議員さんがお互いを知る為に様々なテーマの交流会の場を作ったりしています。そうやって若者と政治の最初の入口を作っています。

市川 原田さんの活動である若者と政治の話をするにあたって、まずはこの中野の街の課題から始めたいと思います。多くの自治体は国際化に向けて備えていかねばならないと考えており、中野区もその為のグローバル戦略を掲げています。そうして街が賑わうと、繁華街と住宅街との落差を埋める緩衝材的なものがないといけないのではないかと思うわけです。特にこの2つが隣接している中野では、人がたくさん来るのは良いけど、人が繁華街から住宅地に溢れることを懸念する声が大きくなりがちです。

原田 緩衝材ということでいえば、中野には宿泊施設が少ないですね。学生の頃からバックパックが大好きで、日本人にはあまり知られいないけれど、面白い国に行ってみようと色々出かけました。それらの国にも、安いバックパッカー用の宿は町はずれの住宅地と街の中間くらいにありました。宿泊費も安く、落ち着いていて、そこから先のエリアは普通の住宅地です。

市川 なるほど、それは良いですね。

原田 街から宿、そして住宅地となだらかに賑わいが収まっていきました。そこに留まっている僕たち外国人もわざわざ住宅地で騒いだりはしませんでした。だから、街ほどの賑わいはなくても良いけれど、外から来た人たちが多少盛り上がりの余韻が持てる場所、つまり中野で盛り上がって新宿に帰るのではなくて、中野の余韻をもう少し楽しめるような場所があっても良いんじゃないかなと思います。

市川 それは共感しますね。治安を守りつつ、受け入れ側の体制を中野の心臓部の周辺に作っていくというのが自然だろうと思うのです。そういったことで中野の中心地と周辺街、そして住宅街に暮らしている人たちが混在した街が出来上がると今まで住んでいた人たちが追い出されずに済むし、お越しになる方と一緒に暮らしていける街作りに繋がると思います。その他にも、街を良い方向に変えていく為に課題だと感じることはありますか?

原田 人の入れ替わりでしょうか。データで見ると子育てを始めるタイミングで中野を出ていく方が多いです。根付かないんです。ある程度長くその街に住むことで愛着が沸き、コミュニティもできて、自分の街を盛り上げようという気持ちが出てくるものですが、どうしても若い時に2~3年住んでは出て行ってしまう。たまたま僕のように短期間に色んな縁があれば良いのですが、普通は2~3年では深い繋がりは作りづらいですよね。そして、若い人ばかりだと街の総合的な力にはならないのではないかと、少し危惧してます。

市川 若い人が移転していってしまう理由は何でしょうか?

原田 理由は2つ。1つは住める物件がないことです。家賃を含め、家族4人で手ごろな広さの物件がありません。そして、もう1つは子育てなどに関する手当が近隣の新宿、練馬、杉並に比べると少し弱いこと。それを理由に他区に移ろうとする人も多いと聞きます。

市川 住宅の構造と子育て支援策の充実、これが今後の課題になってくるということですね。一時期の中野は「革新区政」の時期がありました。共産党とか昔の社会党などの政党が中野区議会の天下を獲った時代で、特に福祉政策に重きを置き、ポストの数ほど保育園を作ろうという時代でした。障碍者に対しての手当ても充実させた。一方で、街づくりという面ではストップしていました。中野の街の道幅が狭いまま危険度の高い街になっているのは、そういった部分に手つかずで今日まで来てしまったことも遠因の一つです。

そうした経緯から、中野の街は構造的に脆弱でした。新しいある一定の所得を得ている階層の人が好んで住んでみたい街ではありませんでした。今後は住宅供給や子育て世代が住み易い街づくりが必要になります。これが決まり始めると中野の弱点は解消されます。原田さんのような意見を持った人こそ、今後の中野区をリードが欲しいと思います。

普段から政治に触れる機会の多い原田さん、生活の中から感じ取る地域の課題やそれを解決するための対策も非常に具体的です。宿泊施設が少ないという問題、若い子育てファミリーにちょうどよい住宅の供給や支援政策が手薄という問題は現在の中野区が抱えるウィークポイントであり、解決が期待される点です。次は、駅周辺を中心に進む再開発に伴う街づくりについて聞いてみました。

市川 開発という点で、今後の中野で起爆剤になる中野駅周辺の街づくりが計画されています。中野サンプラザと区役所を解体し、その跡地を活用した新たな施設という方針が現区長からは出されていますが、原田さんはどのように考えますか?

原田 例えば、若い世代を中心に、街の色んな世代の人がふらりと集まれる「場所」があればいいと思うんです。カフェでもバーでも。そこに行政がいやらしくない程度に関わって、そこへ行けば行政でどんなことが起こっているかが分かるような、街の変化に対する情報がは入ってくる場です。基本的には、特に目的を持たずに、集まり合える場所だけど、そこに行くと何らかの形で行政の動きがわかり、それによって何かやってみようと動いてみたり、選挙に行こうという流れになるような。

市川 中野サンプラザの跡地には商業施設やオフィス、ホールも入ります。区長は1万人まで収容可能な多目的ホールを作りたいとおっしゃっていて、そこは駅と直結させるそうです。こういったものはおっしゃっている「場所」つくりに繋がると思いますか?

原田 いや、ホールとなると別の話ですね。僕のイメージはもっと小さいものなんです。立ち飲み屋ほど小さくはないけれど、数十人程度。日常的に通えて、中野の日常を知ることができる場所です。あくまでふらっと立ち寄れる場所というイメージですね。

市川 現在の中野サンプラザはホール、ホテル、交流スペース、行政の情報提供スペースが混在してる複合施設です。その周囲には広場もあるし公園もあり、屋上には緑の庭園もあります。これらは人が集うフォーラムになる可能性はあると思います。その中に10人でも20人でも直ぐに集まれるスペースがあったら良い、というような捉え方で良いでしょうか?

原田 そうですね。僕は中野セントラルパークと四季の森公園ができてびっくりしたし、他の方も驚かれたと思います。土日に子育て世代が集まってきたわけですよね。区内の子育て世代は集まる場所がなかったから、子育てをしていない僕からすると、彼らを目にする機会がなかったんです。中野の良いところは、そういう人たちを含めて、色んな人が集まっている街であることです。だから、もう一歩踏み込むとしたら、せっかく人が集まっているのだから、集まっている人同士を繋ぎ、それを街の力にしていくことです。

市川 よくわかります。地域には町会というものがありますね。原田さんがお住まいの地域は何町会かご存知ですか?

原田 すみません。町会には入っていないんです…。

市川 そうですよね(笑)。でも、町会はあるんですよ。原田さんが住んでいるエリアは新井東町会です。昔は芸事のエリアで、芸者さんがいて、料理屋さんがあって、そこに新井東町会の文化がありました。町会の人は「この地域は自分たちが守っているんだぞ」という意識を持っています。中野区も町会に対して助成金を出していますし、行政の様々な情報を地域に流して欲しいと考えています。実際に、年間の行事にも協力して貰っています。ところが、町会に入ってない人からすると、これらは対岸の話であって、例えばお祭りの時には町会の人たちはお神輿を担いでいるわけだけれど、そこには入って行きづらい壁のようなものがありますよね?

原田 そうですね(笑)。

市川 町会というのは年配の人たちが仕切ってるイメージがあり、どうしても若い人たちは入りづらい。私はこれは勿体ないなと思うんです。ただ、町会だけではカバーしきれない部分を多様なチャンネルを設けることでカバーできます。例えば、原田さんも参加されているグリーンバードというゴミ拾いのコミュニティがあります。そういう若い人たちが集まる仕組みを政策や事業の中で視野に入れて進めていかねばならないと思います。原田さんは、そういった参加の仕組み、チャンネルの作り方については、どうに考えていらっしゃいますか?

原田 参加動機って色々あると思いますが、明確なのは人の繋がりです。友達に誘われて行った場所でお会いした街の方や政治家、行政の方の話が面白かったというような人の個性に惹かれて繰り返し参加するというあり方、これが一つのカギです。多くの中野に住んでいる10~30代の人は区議会議員の顔は見たことがあっても、街で気軽に声をかけるような関係は築けていません。これを繋ぐ機会を設ける時に「政治家と中野区の行政について話しましょう」と言っても誰も参加しません。だから「中野の国際化」というテーマでちょっとやろうかというように切り口を変えてみます。昨年、三重県四日市でやった例は「市議会議員とフットサルをしよう」というものでした。もちろん、フットサルだけやって終わりだと困るので、そこに街についての要素をプラスしたもの場づくりをしなければいけません。

市川 私たちにも反省すべき点は多々あると思います。議員という何か一段高いところにいるイメージを持たれている方もいます。しかし、私自身はそんなつもりがないし、現に私が新人議員だった頃、当時36歳でしたが、その頃は周囲の若者とも、とても親しかった。どこにいっても気軽に挨拶する仲でしたが、今ではそうなりません。私が歳をとったせいで遠い存在になってしまいました。しかし、当時から一緒にいた人は変わらずファーストネームで呼んでくれます。若い人たちに近づこうという努力をどんなにしても、これはなかなか難しいですね。

ただ、ある時に、偶然起こった面白い話があります。道路補修についての相談を受けて、私は現場から携帯電話で中野区の担当課長に連絡しました。それを通りすがりに聞いていた人が「何か困ったことがあったら市川さんのところに行って良いのだろうか」と言っていたことを、私の知り合いが伝え聞いたようなんです。「どうぞ連絡ください」と電話番号を教えるように伝えたら、後日に連絡がありました。私は「その場でお声がけくださればよかったのに」と言ったら、「やっぱり偉い方ですから…」と仰る。そういう時に初めて、政治に関わる困りごとを相談して良い人だと分かる。もっと街に出て、人と接している姿を見せないと親近感が失われてしまいます。

原田 僕は、ユースクリエイトの活動で、全国の中学・高校で授業をしていて、まさに市川さんのエピソードのように政治が生活に関わっていることを学ぶグループワークをしています。新聞の一面で語られている大事だけど難しそうな話だけが政治ではなくて、道路補修であったり、学校の前の横断歩道が消えかかっていることであったり、そういうところが全部政治なんだと。18歳じゃなく、それ以下の年齢でも、選挙には行けないけれど、政治の主役の一人であることは間違いないので、これも伝えていかないといけません。自分たちには何もできないと思わずに、みんなで参加してこうしてほしいと主張して、それが成し遂げられないことだってりますが、議論の場に乗ことで様々な結果に至るのだから、少なくともその議論の場にもっと若い人の声を載せたいという話をよくしています。

街づくりのにおいてとかく注目されがちなのは中野サンプラザの建て替えに象徴されるようなハードウェアの整備。しかし、もっと重要なのはそこに何が入るのか、つまりソフトウェアをどのように設計するかです。原田さん曰く、そこに必要なのは人の繋がりが生まれる施設とのこと。人が集い、繋がりを生み出せることが重要。様々な活動の源となる人の”縁”は究極のソフトウェアなのかもしれません。そして、話はいよいよ若者の政治参加へと進みます。

市川 若者の政治参加ということでは、参議院に招致されて18歳の選挙権の話をしたときのことを聞かせてください。参議院議員から質問が出たと思いますが、主な質問内容と、どういうことを主眼に置いて18歳以下の選挙権の必要性を投げかけたのでしょうか?

原田 法案自体は通過すると決まっていたので、穏やかな場でした。その中で、教育部分をきちんと担保できるのか、義務と権利の兼ね合いを合わせて伝えていかねばならないのではないかという話をいただきました。その質疑が唯一クリアに覚えているのですが、僕がその時お答えしたのは、義務と権利はまさにそうです、と。

先ほどの話のように、区民は市川さんに困っているからどうにかしてほしいと伝えて良いんです。ただ、権利を行使するには、選挙には行くべきだとか、自分の生活と政治の繋がりとかを知るべきだといったことを、今まで学校では教えて来ませんでした。教わってこなかったのに、急に18歳になったら選挙にいくべきだとか、あまりにも難しいです。それは小中学校の義務教育でも完結すべきだと僕は思いますし、高校や大学で、或いは社会人になってからも、義務と権利を体感していく教育を進めていただきたいですという話をしました。

市川 そういった教育の中で、義務と権利の歴史もきちっと学んで欲しいですね。今の公職選挙法が施工される以前の選挙法は選挙権が一定の納税を果たした人にしかありませんでした。ある意味では、義務を果たした人に権利が与えられるという関係がはっきりしていました。今は普通選挙として、男女の区別もなく、誰でも18歳以上には選挙権が与えられています。義務と権利という普通のことがいかに大切であるかを分かって貰えると思います。

原田 おっしゃる通り、歴史をひも解いて伝えていかねばならないですね。しかし、歴史の重みがわかったから投票に行くとは限りません。それと、もう1つ大事なことは、若者が自分たち自身で問題を見つけることです。例えば、中学生が一斉に声をあげて行政に横断歩道を直して欲しいと伝えて、実際に横断歩道が修理されれば自分の声も通ることを感じ取ります。これを教えつつ、何かのアクションを起こして良いのだということを、どう教育に混ぜ込むかということですね。

市川 そうして要求や要望を通してもらうには、あなたはきちっと政治参加、つまり選挙に参加しなければいけないという教育ですね。

原田 政治や人の暮らしの中で、選挙というのは1つのすごく重要なタイミングなんです。ただ、これは1つのタイミングなので、先ほど市川さんが例に出されたように、他のタイミングでも政治家に連絡したり、行政に連絡したりして、声を届けられることを知ることも大事じゃないかなと思っています。

学校現場に行って、すごく悩ましかったのは、結局のところ18歳選挙権ばかりがクローズアップされて、選挙が大事だということは分かっているけれど「選挙は数年に1回しかない」とか、「どうせ多数決で若者の意見は負ける」とか、或いは中学だと明確で「18歳といってもまだまだ先の話だ」という方に行ってしまうことです。選挙以外でも何かあれば声をあげてもいいとか、選挙以外の時でも行政や政治に関心を持たなきゃいけないなど、バランス感覚を持って色んなことを伝えていかねばならないなと思います。

市川 選挙権の行使の教育を学校に持ち込むという事は、教育の中に政治を持ち込むことになるでしょ。すると、私たち政治家は、そこに発生するリスクをすぐに考えてしまう。なぜなら自分たちの一党一派に対する主張があるからです。それに対して、教育者である先生にもご自身の考え、主義主張があるけど、そういったものが悪用されてしまうことになりかねないのではないかという心配を、リスクとして抱えてることを私たちは常に考えます。だけれども、一党一派に偏しない、日常の生活に政治がどうか関わっているか、例えば学校の校舎を建てることに政治がどう関わっているかという身近な話であれば、政治とのかかわりを義務教育課程で教えることはできます。そういうレベルでも良いのでしょうか?

原田 それでいいと思います。僕は、政治は2つあると思っていて、1つは日常生活を見たときに関わる部分で、もう1つが安全保障をどうするとか、消費税をどうするみたいな大きな部分です。両方大事ですが、入口としては身近な方がとっつき易いと思います。

市川 例えばある時に学校のトイレの改修工事が始まるとして、これは中野区が見積もりをして、予算を立て、工事の事業者にお願いすることになります。また、工事期間は生徒が来ない夏休みを使うことになります。また、予算は議会で承認をしてもらわないと使えません。学校はそうして維持されていて、今回のトレイ改修工事に関わっているということを説明できたら、これは立派な教育です。原田さんがやっていることというのはまさにこういう事なんですね。

原田 そして、ここ中野では、まさに今の駅周辺をどうするかという一番身近で分かりやすい話題があります。新聞の一面や、夜のTVニュース、Yahoo!ニュースには中野区議会のニュースは逐一は載りません。でも、この話題は身近な建物がたくさん含まれているので、政治は意外と身近なんだと感じやすいはずです。変革のタイミングにある街なので、このタイミングに若い世代を中心に街全体が盛り上がっていくことができると思います。

市川 このタイミングに何とかしようと必死に考えてる区議会議員もいます。先ほど仰っていたフットサルを通じてコミュニティを作っていこう、コミュニケーションを図ろうというお話がありましたが、同じ機会が中野にもあったら、参加する議員が間違いなく10人近くいます。もし企画されることあったらおっしゃってください。

 

若者の政治参加という言葉は踊れど、それを促すためのしっかりとした教育はまだ十分とは言えません。

ういった中で、Youth Createのような民間の団体がそれを補完するとう図式は、この現状においては非常に意義のある活動です。また、より重要なのはその教育において何をどう伝えるのか。原田さんのように平易な例をきっかけにして、しかし、権利と義務についての理解、また歴史や当人の自覚を促すようなアプローチは議会や行政にも学ぶべきところが多いように感じました。

今後のご活躍に期待しつつ、私たちからも積極的な発信や交流を模索しなければと肝に銘じた対談となりました。原田さん、お忙しい中、ありがとうございました。

 


【過去のシリーズ】
その12:山本祥三(株式会社広島屋/中野区観光協会)
その11:田中章夫(鷺宮商明会商店街/中野区商店街連合会)
その10:杉山司(中野経済新聞 編集長)
その9:深井弘之(株式会社ナカノF / 中野区観光協会 事務局長)
その8:谷津かおり(株式会社オフィスエル・アール代表取締役/中野21の会会長)
その7:宮島茂明(中野区観光協会会長/中野法人会会長)
その6:折原烈男(中野区商店街連合会名誉会長)
その5:飯塚晃(JR中野駅第52代駅長)[前編]
その5:飯塚晃(JR中野駅第52代駅長)[前編]
その4:藤原秋一(エフ・スタッフルーム代表取締役)[前編]
その4:藤原秋一(エフ・スタッフルーム代表取締役)[前編]
その3:土橋達也(土橋商店)[後編]
その3:土橋達也(土橋商店)[前編]
その2:長谷部智明(立ち飲み居酒屋パニパニ店主)[後編]
その2:長谷部智明(立ち飲み居酒屋パニパニ店主)[前編]
その1:大月浩司郎(フジヤカメラグループ会長)[後編]
その1:大月浩司郎(フジヤカメラグループ会長)[前編]

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